下北沢。小田急線と井の頭線の交わるこの駅を降りてブラブラすると、だらしない時間の流れにおぼれることが出来る。演劇、音楽、古着、カレー。好きなようにやればいいさ、なまち。
今回は下北沢の駅前にいる人について書いてみる。
◇アルミ鍋の人
アルミ鍋の人が今日もいる。
大きくて、くぼみが沢山あって、半球形のその鍋を、彼は無表情でたたいている。下北沢東口の井の頭線高架下が彼の場所らしい。
めったに見かけない楽器なのでカップルが足を止めるが、これといった盛り上がりや終りが無いので、しばらくすると離れていく。
かくいう私も足を止めて聴いた事はない。電車で帰って来て「いるな」と思い、三省堂で立ち読みしてからオオゼキで買い物をして、ATMに戻ったついでにマクドナルドでポテトを買って食べながら駅前に戻ると、彼の演奏はまだ続いている。
長い。気が遠くなる。
彼は今日何時間演奏するのだろう。
あれは彼が作った曲なのだろうか。他の誰かが作った曲なのだろうか。
「しまったいま間違えた」と思う事はあるのだろうか。
カップルが立ち去る時、何か思うのだろうか。
いつか立ち去らない観客が現れたら、彼の演奏はどうなるのだろうか。
変わらないのだろうか。
変わるのだろうか。
何故かあまり変わらないで欲しい。
もうファンなのかも知れない。
※楽器の名前はスチールドラムと言うらしい。アルミではなかった。
◇呼び込みの人
無料のお笑いライブに、誘われた事がない。
「このあと7時から、無料のお笑いライブやりまーす」
という呼び声は、もはや下北沢北口夕方の代名詞となりつつある。
多い時は20人位、道の両側で呼び込みをしている。昼間にどんぐり広場で練習していた二人もここに居るのだろうか。
「お笑いライブ、どうですかー?」「7時からでーす、無料でーす」
お兄さんたちの声が響く。
「あ、お姉さんいま帰りですか?」
これはと思う人には、個別でも声をかけているようだ。
「無料のお笑いライブ、どうでしょう?」
誘われた若い女性たちが、「えー」と恥ずかしそうに笑う。
「無料なんすよ。7時から。どうすかお姉さん。え?待ってまーす!」
女の子たちは隅の方で、「どうする?」とささやき合っている。
楽しそうである。
もし私が声をかけられたら、と考える。
声をかけられたら、「え」と少し驚いて、「じゃあ、ちょっとだけ」と言う。
会場に入ると独特な雰囲気。なるべく隅の席を確保する。
ライブ中、万が一誰も笑っていなかったら、笑おう。
始まると沢山のチームが入れ替わり立ち替わり登場し、それぞれ持ち味を出せたり出せなかったり。
が、懸命にステージを努める姿には自然と笑みが湧いてくる。
ライブが終わる頃には、彼らへの親近感すら感じ始めた。
終了後、「ありがとうございました」と元気に送られ、照れ隠しでそそくさと会場を出る。家に帰ってビールを飲みながら思い出し笑い。
後にメンバーの誰かがテレビに出ているのを見て驚き、陰ながら応援する。友達に、「この人のライブ見たことあるんだ」と自慢して、「前も聞いたよ」と言われる。
誘われる準備は出来ている。
◇市場の店主
作ったものを売る人がいる。
週末、東口附近の広場に小さな店が30店舗ほど出て市場となる。
売られているのはハンドメイドの革小物、アクセサリー、犬の洋服など。
買わずとも、それぞれの店主のこだわりで作られたものを眺めて歩くのは楽しい。
気になるのは、日差しである。
駅前開発が進み、広場への日光を遮るものはほぼ無くなったと言ってもよい。市場は一日中太陽に照らされ、店主たちは眩しそうに目を細めながら商品の説明をしている。夏場は暑かろうと心配になる。夕方みずほ銀行の影が広場に向かい始めると、見ているこちらがホッとする。日よけのテントを立てる様子はない。立てれば良いのに、と部外者は思ってしまうが、そこには何かの理由があるに違いない。
平日の夜、仕事から帰った店主は、ひと息つくと作業台に向かう。
自分のアイデアを形にするこの時間は何物にも代え難い。
作業は細部にわたり、つい深夜を過ぎてしまう。ボサボサの頭で仕事に行き、仕事中も作品に思いを馳せる。
考え、手を動かし、失敗しつつも時間をかけ作り上げた作品の数々。
週末市場に並べるラインナップが揃った金曜日の夜、作品を前に一杯やる店主も少なくない。
そして週末の広場。店主は作品を並べる。
門出、晴れの日である。別れの盃は済んでいる。
太陽の下が良いに違いない。
そしてやっぱり暑いに違いない。
◇座っている人
夜遅くに東口改札を出て顔を上げると、座っている人達がいる。
この広場にベンチは無いので、車止めの柵や段差に、段差が埋まると平らな地べたに、結構な人数が座っている。
夜中に駅前で座っている光景は他の駅でも見られるが、下北沢の特徴は、年齢層が幅広い事ではないだろうか。10代から60代までいると見える。
行き場が無い訳ではない。喫茶店、カラオケ、居酒屋、夜でも空いている。
何より帰ればいい。大人なのだから。
でも地べたに座るのである。
車座で熱心に話している30代。
「うわ、このトレーナー臭いよ」などと叩き合う40代。
飲みまくる50代。
ダジャレがとまらなくなる60代。
ライブ帰りだろうか。劇場の帰りだろうか。実年齢に関係なく、彼らは高校生のようである。
「若者の街・下北沢」
受験生は来てはいけない。